Fairy Tale ４
シンは、戦争のために飼われている獣だった。
伝説の獣と言われるケルベロスだ。その姿があるだけでも敵の動揺を誘い、そうして戦場に出れば、最新の火薬を使った武器などよりも、ずっと早く、簡単に。
敵を殺しつくす。
「・・・アスランさん、俺、仕事だから」
シンは寝床に横たわるアスランの耳元で、そう囁いた。
「・・・・ああ」
アスランも、シンがどういう存在かは知っている。
それを止める術が、今の自分にはないことも。
だから、素早く獣の姿を取ったシンの太い首に、痩せた左腕を乗せて。
無理やりに身を起こし、真っ黒な鼻先に、キスをしてやって。
「でも・・・そうだな。早く、帰ってきてくれ」
そう言って、儚く笑う。
「俺は、一人じゃ何も出来ないから」
グゥ、と、獣の姿ではしゃべれないシンが低く唸って、それからぺろりと大きな舌でアスランの頬を舐めると、人の声のする方へ、のしのしと四つ足で歩いていく。
その姿を見送りながら、アスランは思った。
可哀相だな、と。
早く。早くとシンは思った。
早く、仕事を終わらせて。
早く、こいつら殺しつくして。
そうして早く、帰らなくちゃ。
ちゃんと「仕事」をしなければ、妹を殺すとずっと脅されていた。
違う檻に捕らえられている妹は、シンに残された、たった一人の家族だった。
だから、シンはいつだって一生懸命だったけれど。
それでも、今はもっと必死に。
一生懸命、人を殺す。
早く、帰って。
アスランさんの傷、舐めてあげなくちゃ。
水、汲んどいたけど足りるかな。
俺がいないと、餌だってもらえない。
あの人に、食べさせてあげられる物がない。
ただでさえ、シンの主食で一番たくさんもらえる肉が、あの人ほとんど食えないんだから。
ほんのちょっとの果物や木の実で、やっと命を繋いでるんだから。
早く。
帰らないと。
あの、暗くてじめじめした洞窟の檻に、「帰りたい」なんて思ったことなんかなかった。
思うわけがなかった。
でも、今は。
早く。
あの人のところに、帰りたい。
帰って、抱きしめてもらいたい。
あのあったかい手で、ぎゅっ、って。
息急くように帰ってきて、そのまま甘えてくるシンに、アスランは精一杯手を伸ばす。
抱きしめた黒い毛皮が、血を吸っていることはすぐにわかった。
それでも、アスランはその手を離さずにいた。
だって、この子は俺と同じモノ。
戦争のための、道具。
戦って、帰って来た時に、突き放される辛さは、身をもって知っている。
ぐるぐると唸ったシンは、獣の姿のまま、アスランの頬を舐め、喉を舐め。
やっとの思いで閉めた服の前を開いて、舌を突っ込んで。
「お前・・・その姿でする気か・・・？」
獣のままのシンは、答えない。
獣のままなら、答えようもないのだけれど。
それでも、太い足で体を押さえ込まれ、熱い舌を下肢に差し込まれれば、アスランも観念するしかない。
「っ、あ・・・は・・・・」
舐められてしゃぶられて、十分に潤ったところで、体をひっくり返される。
やっぱり、この姿だと獣のスタイルの方がいいのかな、と、暢気に思ったところに、毛むくじゃらのペニスがあてがわれる感触があった。
「やっ・・・あ、きつ・・・・っ」
獣の時の方が、ずっと体が大きいのだから、当然、それも大きなものになる。
無理やりに、拡げられる感覚。
裂けてしまう、と思ったところで、いちばん太い部分が狭い入り口を通り抜けた。
「く・・・ぅン、あんっ・・・・」
とたん、安堵の息とともに洩れたのは、痛みを堪える声ではなく、淫らな響きを持ったそれ。
感じてしまった自分に一瞬唇を噛み、しかし熱い舌で首筋から耳元までを一息に舐められて。注がれた荒い息遣いに、シンの必死さを感じて、声を堪えるのをやめた。
アスランが感じたほうが、シンは喜ぶ。
だから。
「あっ、やっ・・・はぁん・・・・」
拷問にあったときでも、こんなに大きなもので責められたことはなかった。
それでも感じてしまう、自分の体。
だって、これはシンのもの。
そう思うと、いっぱいに押し開かれる苦しささえも、快感になる。
更に、表面を覆う強い毛が、アスランの中を、経験したことのない密度で刺激して。
「シン、シン・・・っ」
ぐいぐいと、シンが突き上げてくるたびに、アスランの体はがくがくと揺れた。
もとより、自由の利かない体なのだ。なすがまま、受け入れるしかない。
「シンっ、あっ、ああっ・・・・」
寝床の布切れに突っ伏して、無理やりに広げられた下肢から湧き上がる感覚に、アスランは耐えることもなく泣き喚いた。
体内を、深く貫いた獣の肉。
それの与える快感と安堵。
アスランは、その中で意識を失った。
ふかふかの毛皮。
あったかい舌。
体中がとろりと重くて、もっと眠っていたくて。
でも、シンがクゥクゥと鳴くから、アスランはのろのろと左手を上げて、半分寝ぼけながら闇雲に、柔らかな毛並みを撫でてやった。
そのまま、その手と背中をべろりと舐められて。
「ん、こら・・・」
呟いた唇を、また、ぺろり。
やっと目を覚ましたアスランを、シンはぺろぺろと、何だか一生懸命に舐めている。
「シン？」
こういう時には、たいてい人の姿を取るものだけれど、今日は何故か獣のままだ。
まあ、ふかふかの毛皮に包まれたアスランは、気持ちよくていいのだけれど。
鼻先をアスランの頬に押し付けて。
クゥ、と鳴いたシンは、結局その日一日を、そのままの姿で過ごした。
「うわー、やっとしゃべれる！」
シンの毛皮に寄りかかり、うつらうつらとしていたアスランが、本気で眠りそうになった頃。
クゥクゥと鳴いていたシンが、唐突に人の姿を取って、大声で叫んだ。
「・・・何なんだ？」
寝入りばなを起こされて、不機嫌な声を上げたアスランに、シンはがばりとしがみ付く。
「だって、この時期俺、こっちの姿になれないから！」
この時期ってなんだろう、と思いつつも、まあいいかとまた寝ようとするアスランを揺り起こし、シンはきゃんきゃんとわめきたてる。
「しゃべれないってこんなにツライと思わなかったよ！あーもうアスランさぁん！」
「う・・・眠いんだが・・・・」
危うく「うるさい」と言いそうになり、なけなしの理性で言い換えたアスランに、シンは見えない耳を垂らして情けない顔になった。
「だって、あの・・・ごめんなさい」
上目遣いの仔犬の表情。少年の姿を取ったシンは、体の大きさだけでなく、なんとなく、子供っぽくなっている気がする。
「痛かったですよね。あのまんまじゃ。俺、満月の頃はこっちの姿になれないから。でも止まんなくって。すっげー、あんた、欲しくって・・・」
人の姿でもクンクンと鳴くシンを見上げ。眠たいアスランは、なんでもないことのように呟いた。
「なんだ。そんなことか」
そうして、ふわりと笑って。
「戦った・・・殺した、後は。誰か、生きてる奴に安心させてもらいたくなるんだろう？わかるよ」
俺も、同じだったから。
わかるよ。
「大丈夫だ。お前は生きてる。生きて、ここに帰ってきた。だから、大丈夫だ」
半分、寝ぼけた声で。
そう言ったアスランは、痩せた細い左腕で、シンをぎゅっと抱いてくれた。
「大丈夫・・・だよ・・・・」
そうして、そのまますうすうと眠ってしまう。
シンを、抱いたまま。
シンに、抱かれたまま。
「・・・・うん」
俺、ちゃんと生きてる。
生きて、この人の側にいる。
それが嬉しくて。
アスランが、わかってくれたのが嬉しくて。
シンは、クゥンと鳴くと、ぴったりとアスランに体を寄り添わせた。
それからちょっと考えて、やっぱりまた、獣の姿になって。
腹の下の、一番柔らかい毛皮でアスランを包んであげた。
シンを、待ってくれていた人を。
ただいま。